ご挨拶
アモーレ宮古島へようこそ!
公開日2019年07月06日
数ある貸し別荘・貸コテージの中から、アモーレ宮古島にその手をお運びいただき、誠にありがとうございます。
アモーレ宮古島とログハウスアモーレ(伊豆)を含む、2軒の「アモーレシリーズ」のオーナーをやっております、Junkoと申します。
宮古島には沢山のラグジュアリーなホテルがありますが、初来島時の私を含め、殆どの方々が朝から日が暮れるまで島を周遊されており、寝るだけの為のお部屋代としては、少々もったいないかなぁ、ちょっと小綺麗なコテージで十分という方々が、ご自身のセカンドハウスの様な感覚で、お気軽にご利用頂けたらという思いから【アモーレ宮古島】をオープンさせて頂きました。
Amore(アモーレ)の意味は、イタリア語で、『愛』
幼少の頃から憧れ続けた笑顔の絶えない家族団欒のシーン。 そんなシーンを回想しながら。。。
日頃の喧騒を離れて自然の営みの触れ合いの中で、大切な時間を共有しながら、皆様が慈しみと労りの気持ちを持って、愛を再確認し、愛を育む場所としてご提供できればという思いで、
Amore(アモーレ)と命名致しました(˘︶˘).。.:*♡
今日までコテージ運営をさせていただく中では、幾度となく苦難の波もございましたが、お客様からの愛情一杯のメッセージが書かれている感想ノートを見る度に、感涙しながら勇気を頂いております。
皆様の幸せな時間に少しでも寄り添えた事が何より嬉しくて、今ではそのノートが私の1番の宝物になりました(˘︶˘).。.:*♡
私が初めての宮古島は2015年6月、東洋一の美しいビーチと称される前浜ビーチを一目見たいと訪れました。
空港から出ると直ぐにどこまでも広がる原野、どの場所からも見渡せる美しいエメラルドグリーンの海、ゆったりと流れる島時間、そして沢山の小動物との出会いは子供の頃の私にタイムトラベル!(^^)!
前浜ビーチで出会った手のひらの大きさの白い蟹さん。宮古島の至る所で蟹さんと出会えますが、白い蟹は初対面!(^^)!
前浜ビーチでは、砂浜に大中小の沢山のヤドカリさん達と、その住処の穴やその足跡が見れます。
宮古を代表する『漲水御嶽』の白い猫ちゃん親子との初対面。今ではこの子猫の4代目の赤ちゃんがウエルカムしてくれます♡
2017年4月、アモーレ宮古島の 家事室の隣の給湯器の上 の草藁が気になり、脚立に登って「幸せを呼ぶ青い鳥」の巣を温めている親鳥と至近距離で衝撃のご対面!!親鳥は直ぐに飛び立ってしまいましたが、その草藁の中には何と美しい『イソヒナドリの水色の卵』この出会いは、感動を超えるものでした。
無事に孵って欲しいと祈りを込めて横浜に戻り、翌月の5月に念願の再会を果たすことが出来たイソヒナドリの雛たち。何と、親鳥の見守る中、 浴室前の坪庭 で飛ぶ練習をしていました。何度も交代で雛鳥に食事を運んで口移しする2匹の親鳥夫婦の姿に、改めて命の尊さを教えられました。
宮古島温泉の近くの農道を車で通過中、大きな石かと思いきや道路中央をゆっくりと歩いてた30㎝程の亀さん。徐行でハイビームでなかったら危うく車で轢いてしまう所でした。夜になると蟹さんや大きなヤドカリさんも公道を頻繁に歩いていますので、宮古の夜の運転はご配慮を どうぞ お願い致します。
大人になって苦手になってしまった虫さん達との驚きの対面も数知れず。。。ですが、それこそが離島の自然と共存する大切さを知る日々です。。。
島全体がパワースポットと言われている事を、自然体で肌で感じ、心身ともに全てが浄化されて癒されました。
前浜ビーチのどこまでも広がる真っ白な砂浜、いつまでも寄せては返す波の穏やかさ、人の手で作られたどんなゴージャスなリゾートでも味わえない手つかずの自然の神秘と美しさを体感しその時の感動は今も全く薄れることがありません。
年を重ねる毎に日焼けを気にしたり、汗ばむ季節や海水のベタベタ感が苦手になり、いつの間にか海から遠のき、すっかりプール派だった私ですが、過去の全てのラグジュアリーなプールの経験が一瞬で霞んでしまう程でした。
サンセットの後、まだ薄っすらと残る薄オレンジの空、満月の夜は月明かりが海を照らし、誰もいないビーチで波の音を聴きながら夜空に広がる満天の星空を見上げて、幾度となく流れる星に願いを込めて、穏やかな波に身体を委ねて抱かれる時間は、私の1番のお気に入りの時間になりました。
必ずまたすぐに戻って来たい、将来、終の住処として前浜ビーチの徒歩圏内に住みたいと心に誓い、翌年2016年5月にサトウキビ畑に囲まれた理想通りの築1年の家とめぐり会う奇跡を頂きました\(^o^)/
地元家具店で調達したのは、寝室のベットとデスク、残りの殆どを横浜で選び、その配達に合わせて宮古へ通った日々。しかも、離島は組立サービスが無く、自身で組立という試練も。。。
想像以上の時間と労力を伴う離島での準備も、ようやく、家電のセットまで来ると喜びもひとしおです。。。そして、まず初めにどうしても招待したかった母。
私は横浜生まれの横浜育ち、生まれてから今まで共に人生を歩んできた母が、長年住み慣れた横浜を直ぐに離れることは出来ませんが、私が宮古で体験したこの感動をどうしても母と分かち合いたいと、いざフライト予約!(^^)!
2016年10月、 念願の母との家族旅行\(^o^)/ 周囲の皆に心配されながらも、母にとって人生初の飛行機に乗る宮古旅行をプレゼント(^。^)y-.。o○
そして、母にとって2回目となる宮古入りは2017年9月。滞在期間中、何と母の誕生日に50年に一度と言われる大型台風18号直撃。沖縄離島の台風経験は、全てが想像を超える体験でしたが、母にとっては家族と24時間過ごせる至福の時間だったようです(˘︶˘).。.:*♡この時の体験をもとに『緊急時マニュアル』を作成出来た事は、神の成せる業と改めて母に感謝!!台風通過後の大仕事を終えて仕事着のままレストラン。母と宮古島東急リゾートのシャングリラにて。
同年11月、ウン十年ぶりとなる母と弟と一緒の念願旅行。家族で一緒に楽しめる『シギラ黄金温泉』の水着ゾーンで親子の記念写真。滞在期間中は弟に終始、手を添えられてご満悦の母。その姿に何度も感極まり涙腺崩壊の私。。。そして、この旅を通じ、弟も初めて介護の心得を知る貴重な機会となりました。
2018年4月、母はすっかり宮古島東急リゾート『シャングリラ』が大のお気に入り(^_-)-☆
同年11月も弟夫婦と一緒の宮古入りで弟からのキッスに母は大喜び(˘︶˘).。.:*♡
諦めかけていた母との旅も 車椅子を使って 計5回を重ねる事が出来ました(*^^)vその時の私の大切な思い出アルバムは後日、ブログの中の『母のアルバム』でご紹介させていただきます(*^^)v
1時間前の事も忘れてしまう母が、横浜に戻ってから1ヶ月経っても、前浜ビーチでのサンセット、夜空の満天に広がる無数の星や流れ星の事を覚えてくれていたことが、何より嬉しく、今では仕事で毎月、宮古島に訪れる度に、その時の少女のように笑みが絶えなかった母の笑顔が1番のモチベーションになっております。
若い世代の方々からも老若男女問わず絶大な人気を誇る宮古島ですが、実は定年されてからの余生を宮古で移住生活をされている方々が沢山いらっしゃいます。
誰も知らない宮古でしたが、毎月通いながら、地元宮古の方々、そして多くの移住者の方々ともお近づきになり、難病や余命宣告を受けた方々が、宮古で奇跡の回復をされたというお話もご本人からリアルに聞く機会も少なくありませんでした。
ですから、若いグループの方々、小さなお子様連れのご家族はもちろんの事、闘病中や持病をお持ちのご家族、障害をお持ちのご家族、そしてご高齢のご両親も、お体のご負担を心配をされずに、是非とも、皆様がご一緒に自然の営みに触れ、離島ならではのゆったりと流れる島時間をご満喫して頂ける機会となります事を、心から願っております(^。^)y-.。o○
どうぞ、まずは、1度でもこの宮古島へお越しになって、ご自身の目でこの素晴らしい宮古ブルー、宮古ワールドを体感されて下さいねヽ(^o^)丿
上の写真は前浜ビーチの桟橋。そして下の写真は池間島の海を見晴らす場所にある 白いロープのブランコ。 どちらも私の1番お気に入りの写真です。 子供の頃、ブランコに乗って風に乗り、何処までも空高く舞い上がり、果てしない夢まで届くと信じれたあの頃、そんな気持ちを思い出させてくれる離島の旅。
きっと、宮古空港に降り立った瞬間から日常の喧騒を離脱して、心身ともにリセットされ癒される事でしょう(˘˘).。.:*♡
2019年7月吉日
Junko♡